大好きな人ともう会えない現実
作絵:菊田まりこ
運命はいつでもせつないもの、命はいつでもはかないもの。出会いがあれば、必ず別れがある。そんな現実的な世界観の中、犬のシロの視点で物語は淡々と進んでいきます。
大好きな大好きな飼い主の少女みきちゃんは突然亡くなります。シロは毎日毎日、会いたい、会いたいと願うばかりで、その悲しみから抜け出せないでいます。
そして、ある日ふと目を閉じて、自分の記憶の中にいるみきちゃんと再会します。思い出という記憶の映像の中で。会いたいと思ったら、静かにまぶたを閉じれば、いつでも会える事を知り、シロはやっと悲しみから抜け出せました。
受け入れられない現実
大事な家族を失った経験があると、この気持ちが分かってしまうと思います。亡くなるというのは、この世界から突然無くなるように、忽然と存在が消えてしまいます。昨日までそこに居たのに、匂いや体温が残っているのに。その現実を受け入れるのは、そんなに容易いものではありません。
もう一度だけ会いたいと願おうが祈ろうが、人道外の軌跡でも起こらない限り、二度と会う事も会話することもできないのです。シロのようにまぶたを閉じて、夢の中や記憶の中で、浮かぶ映像の中でしか会うことはできないのです。もちろん写真や映像として残っていれば、現実に近い形で、その存在をもう一度確認する事はできたとしても、二度と触れたり会話をすることはできません。そこはデジタル化が進んだ現代でも叶わない願いだと思います。
もしかすると一番、現実のように感じられるのは記憶の中かもしれません。触れた記憶、話した記憶が呼び出されれば、感覚としてよみがえる。
いつでも会える、そしていつか忘れられる。
ただ、時が経てば、まぶたの裏の映像は、徐々にぼかしが入ってきて、だんだんと鮮明に思い出せなくなってしまうのです。忘れていく自分を責める時もあるかもしれませんが、これは人間として正常な行為なのだと思います。徐々に傷が癒えていくように、記憶も少しずつぼやけていく事で、かつての精神状態へと戻っていけるのでしょう。
いつでも会える、そしていつか忘れられる。
そうして人間は生きていけるんだと思います。
”ぼくはシロ、ミキちゃんに会えた”